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千葉地方裁判所 昭和54年(行ウ)8号 判決 1980年12月26日

原告 学校法人 山崎学園

被告 千葉県知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が、昭和五四年二月二八日、訴外学校法人市川東学院設立代表者芝田太市(以下「設立代表者」という。)に対してなした市川市国分一丁目二六番地において市川東学院三愛幼稚園の名称を以てする幼稚園設置認可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  幼稚園設置認可処分の存在

被告は、昭和五四年二月二八日、設立代表者に対し、請求の趣旨記載の幼稚園設置認可処分(以下「本件認可処分」という。)をなした。

2  当事者

(一) 原告は、学校教育法七七条によつて、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする学校法人で、いなほ幼稚園を経営するものである。

(二) 被告千葉県知事は、私立学校法四条、五条の規定により前記認可処分をなす権限を有するものである。

3  本件認可処分の違法性

(一) 適正配置

学校教育法第三条は、「学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、監督庁の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。」と規定する。

(1) 幼稚園設置基準(昭和三一年一二月一三日文部省令第三二号。)(以下「幼稚園設置基準」という。)の法意

学校教育法施行規則第七四条は、「幼稚園の設備、編制その他設置に関する事項は、幼稚園設置基準(昭和三一年文部省令第三二号)の定めるところによる。」と規定している。

そして、右幼稚園設置基準は、幼稚園の位置につき、第七条で、「幼稚園の位置は、幼児の教育上適切で、通園の際安全な環境にこれを定めなければならない。」と定める。

右第七条の解釈については、幼稚園設置基準の制定について出された文部省事務次官通達(昭和三一年一二月二七日)「幼稚園設置基準の制定について」(以下単に「通達」という。)が参考とされなければならない。

右通達には、その前文で、幼稚園設置基準につき、「この省令の制定の趣旨、留意すべき事項等は下記のとおりであります。」とし、4項で、「この省令の実施に関連し、幼稚園の設置者について次の点に留意せられたい。((1)項は略)(2)幼稚園を新たに認可する場合は、すでに存する幼稚園との位置その他について、幼児教育の機会均等、教育内容の充実等の見地から適切な配置となるようじゆうぶん考慮願いたい。」と記載されている。

ところで、右「教育内容の充実等」は、幼稚園の経営基盤の確立がその大前提であることはいうまでもないことであつて、その意味で、幼稚園を濫立による経営の不合理化から守ることは、右「適切な配置」の重要な一要素となつていると考えられる。

以上のとおり、前記幼稚園設置基準に関し右通達が存在し、その中に右の如き条項があることは、幼稚園を濫立による経営の不合理化から守るための「適正配置」が省令である幼稚園設置基準の中に重要な法的一要件として含まれていると解すべきである。

特に、幼稚園設置基準第七条の「幼稚園の位置は、幼児の教育上適切ーーーーな環境にこれを定めなければならない。」との規定は前述の「適正配置」を考慮し、幼稚園教育を充実させることが、幼児の教育上適切な環境を作り出すという意味で、前述の「適正配置」が要件とされていると解すべきである。

(2) 千葉県私立幼稚園設置認可取扱要領(以下「取扱要領」という。)について

被告も右の趣旨を受け、取扱要領第三条において「幼稚園の位置は、幼稚園設置基準ーーー第七条第一項に規定するもののほか、既設幼稚園等との距離を勘案し適正な配置となるようにしなければならない。」と定めている。

(3) 適正配置条項の運用

被告は、前記省令、通達、取扱要領における適正配置条項に基づき、新たな幼稚園の設置については地元幼稚園協会の意見を聴いた上、既設幼稚園からの距離が一キロメートル以内のときは、既設幼稚園の同意のない限り設置に対し、私立学校関係法施行細則(昭和四八年三月三〇日千葉県規則第一五号)第四条にもとづく承認および認可をしないという確立した取扱いをしていた。

(二) 本件処分の違法

(1) 市川東学院三愛幼稚園(以下「三愛幼稚園」という。)設置予定地と近隣幼稚園との位置関係

右三愛幼稚園設置予定地と原告肩書地記載の原告幼稚園とは、直線距離にして六六〇メートルしかはなれておらず、また三愛幼稚園から直線距離で南方五四〇メートルのところに須和田幼稚園(市川市須和田町一丁目二〇番三号)が、ほぼ東方六〇〇メートルのところに公立の白百合幼稚園(市川市曽谷六丁目一〇番一号)がそれぞれ存在しており、三愛幼稚園を中心とした半径一キロメートル以内に原告をはじめ右三つの幼稚園が存在することとなる。

(2) ところで、市川市全体及び近隣地域の入園予定者数の動向をみると、次のとおりである。まず、将来の幼稚園の入園者の増減を予測する材料として、当該対象地域の年令別幼児の絶対数がある。入園者の将来の増減を予想するには、入園前の各年令の幼児の数を調査すれば、その動向を窺い知ることが可能である。

(イ) 市川市全体の動向

そこで、昭和五四年五月一日付の市川市の0才児から七才児までの幼児の人口を調査すれば、別表一記載のとおり第一に年令の低下に伴い、幼児数も明確に減少していること、第二に、市川市の中でも新興住宅地域として最近特に発展の著しい行徳地区では幼児数の増加がみられるが、反面その余の地域は市川市全体に比し、幼児数の減少が更に著しいことが、わかる。

市川市全体からみた場合、将来、幼稚園入園者が長期的に減少する傾向であることは明白である。

(ロ) 近隣地域における動向

本件で問題となつている三愛幼稚園を中心として、(同幼稚園に通園が予想される)半径一キロメートルを中心とした地域についての年令別幼児数の状況を調査すれば別表二記載のとおり、こゝにおいても、年令の低下に伴い幼児数の減少がみられる。

こゝにおいても、幼稚園入園予定者の長期的減少傾向はかわらない。

(ハ) 市内私立幼稚園入園者の減少

市川市においては、私立幼稚園協会が存在し、市内私立幼稚園のほとんどすべてがこれに加入している。

右協会加入の幼稚園の入園者数の昭和五一年から同五四年までの動向は別表三記載の如くである。

これをみると、市川市の私立幼稚園の入園者は右期間軒並減少傾向にあることは明らかである。

例外は、行徳地区の二園の外、数園にすぎない。

(ニ) 近隣私立幼稚園入園者の減少

右別表三の中から、本件において問題の三愛幼稚園を中心として、半径一キロメートル以内において、通園地域の多くが競合する幼稚園のみをまとめたものが別表四である。

ここでもまた、軒並、減少傾向を示している。

なお、昭和五一年から昭和五四年にかけての減少率を市全体と近隣地域で比較すると市全体で約五・八パーセント「(7265-6840)÷7265×100=約5.8」であるのに対し、近隣地域では約一二・一パーセント「(1703-1496)÷1703×100=約121」であり、市全体に比べ近隣地域は実に二倍強の減少率を示している。

(3) 合理性を欠いた本件認可処分

以上論述してきたように本件認可処分は、市内及び近隣の絶対的な幼児数の減少、そして市内および近隣の私立幼稚園入園者の減少の中で、新設幼稚園を認めるもので、原告を含む近隣幼稚園に多大な影響を与え、その経営基盤を危殆に瀕せしめるものである。のみならず、申請した三愛幼稚園の計画(四学級園児数一六〇名)自体実現が殆んど不可能な現状の中で、本件認可処分はなされたもので、全く合理性を欠いたものである。このことは、設立代表者から提出されたデータと、現実に三愛幼稚園に入園した者の数をみても本件認可処分が合理性を欠いたものであることは明らかである。すなわち、設立代表者は、予定地一キロメートル以内の幼児(三、四才児)の数を九四四名、周辺一キロメートル以内の既設幼稚園定員を七一〇名とし、その差に就園率八五・八パーセントを乗じた数二〇一名をもつて対象幼児数とし、被告県知事は、右データをもとに、四学級一六〇名の規模の幼稚園の設置を認可した。右データは、予定地から半径一キロメートルの円を描き、その円の内に全部入る地域については、その地域内の対象幼児数を全部計上し、右円に入る部分と入らない部分とがある地域については、その地域内全部の対象幼児数全部に面積比を積算したものを計上している。

例えば、菅野五丁目は全部右円内として、対象幼児数一一〇名を全部計上し、真間四丁目はその二分の一の地域が右円内であるとして対象幼児数二六名に二分の一を積算して一三名を計上している。

しかしながら、その計算は、不正確である。即ち、例えば、右の菅野五丁目は、右円内に全部入つておらず、三分の二とするのが正確であるのに全部とされている。同様に真間四丁目は六分の一とするのが正確であるのに二分の一とされている。その他誤りが多々ありその誤りの程度は別表五の比較表に記載したとおりである。

右正確なところに従つて計算すれば、予定地一キロメートル以内の幼児(三・四才児)は八五〇名である。

被告県知事は、三愛幼稚園を中心とした半径一キロメートル以内においては、二〇一名の者が右幼稚園に入園しても既設幼稚園には影響がないとの判断になつたものと思われる。

しかしながら、三愛幼稚園が昭和五四年四月に開園され、その頭初の一年間の入園者数は約二〇名にすぎなかつたにもかゝわらず、近隣幼稚園の入園者は減少しているという現実は、認可した被告県知事の見込みが全く誤つていたことを示している。

前述したとおり、近隣地域の幼児数は絶対的に減少傾向にある。その中で、三愛幼稚園は定員一六〇名のところ入園者がわずか約二〇名にすぎなかつた。

しかも、別表四記載のとおり、近隣幼稚園の入園者は昭和五三年と比べ昭和五四年は二〇〇名近く減少している。

この事実は被告県知事の見込みが全く違つていたことを如実に示している。

現在のような入園者数では三愛幼稚園の経営は成り立つはずはなく、将来被告県知事の見込みどおり三愛幼稚園にその定員どおりの入園者が集つた場合、それにより近隣幼稚園は園児数が激減し、中には経営が成り立たなくなるような園が出現することも十分予想される。

以上述べたとおり、本件認可処分は近隣幼稚園の入園者が減少傾向にあるにもかゝわらず、設立代表者から提出された杜撰なデータを鵜呑みにしてなされたもので、三愛幼稚園の設立後の経過が如実に示すように三愛幼稚園と既設幼稚園の経営を危うくし、ひいては幼稚園間の過当競争により幼児教育の水準を低下させる恐れがある。

従つて本件認可処分は、既に述べた「適正配置条項」に違反する違法な処分であり、取消されるべきであることは明白である。

(4) さらに、本件認可処分は近接幼稚園および市川市幼稚園協会等の反対を押し切つてなされたものであり、これは前述3(一)(3)の確立した取扱いに反するものであつて違法処分というべきである。

(イ) 「東学院」設置予定者は、昭和五一年五月、第一回目の幼稚園設立計画承認申請を行つた。原告は、同年六月二六日付で被告県知事及び市川市長に対し、新設幼稚園が設立されると近隣に幼稚園が乱立し、園児不足により関係幼稚園の経済的破綻を招き、正常な幼稚園運営が行なえなくなる危険が大であるとして設立を認可しないよう要望した。

結局、右設立計画は、被告県知事の承認を得るに至らなかつたがその理由は、近接園との接近、および幼児数の僅少ということであつた。

(ロ) 右計画の承認が得られなかつたため、「東学院」設立予定者は無認可のまゝ幼稚園を開設しようとした。右計画を知つた原告は、事態が一向に変わつていないため、昭和五二年四月二六日付で嘆願書を被告県知事、市川市長及び市川市幼稚園協会宛に提出し、前記(イ)記載の趣旨のもとに善処方を嘆願した。

(ハ) このような状況のもとで、市川市幼稚園協会も事態の解決に乗り出し、同年五月二五日付で市川市幼児教育振興審議会に陳情書を提出し、無認可園建設を認めないよう善処方を陳情した。さらに、同協会は、六月一四日付で市川市議会に対し、無認可園の設置を認めないよう請願し、同請願は同議会より七月一日採択された。また右協会は、七月一三日頃、事務局長を担当の県学事課に派遣し、右の事情について説明をした。

(ニ) このような状況の中で、同年七月頃、設立代表者芝田太市から被告県知事に対し、本件三愛幼稚園の設置計画承認申請がなされた。これに関し、被告県知事は地元市教育長に対し、意見の照会を行つたが、これに対し、市教育長は地元協会及び周辺幼稚園から反対のある旨および従前の経緯にかんがみ「慎重の上にも慎重を」して「特段の御配慮を賜わりたい」旨回答した。

(ホ) 被告県知事は、同年九月二九日、私立学校審議会の委員二名および担当の学事課員三名を、現地に派遣し事実調査にあたらせた。右調査に際し、市川市協会幹部および原告らが立合い、適正配置の観点から三愛幼稚園設置に反対であることを強調し、資料をもつて説明した。

(ヘ) このような経過の中で、被告県知事は、地元幼稚園協会および隣接園の強い反対の存在することを承知の上で、あえて、同年一二月一四日付で三愛幼稚園の設立計画を承認した。

(ト) これに対し、地元では反対運動が継続され、昭和五三年一〇月二八日、市川市幼稚園協会々長以下関係者が直接被告県知事と会い、右承認処分を取り消すよう求めたが、被告県知事の聞き入れるところとはならなかつた。そこで止むを得ず原告は県知事を相手に、昭和五三年一二月一六日、右承認処分の無効を求めて、千葉地方裁判所に提訴した。

しかしながら被告県知事は、右裁判中の昭和五四年二月二八日、右承認処分に引き続くところの本件認可処分をなすに至つた。

(チ) 右のように、被告県知事は、隣接園である原告の同意がないにもかゝわらず(のみならず強い反対を押し切つて)、右違法な本件認可処分に及んだものであり、取消を免れない。

4  結論

以上の通り、本件認可処分には違法事由が存するので、本件認可処分の取り消しを求める。

二  被告

(本案前の抗弁)

1 原告は本件認可処分取消の訴をなすにつき、法律上の利益を有しない。

(一) 本件訴は既存幼稚園経営者である原告から、適正配置条項に違反してなされた他の幼稚園の新設を認可した処分が違法である、という申立である。

(二) ところで、学校教育法第三条は「学校を設置しようとする者は学校の種類に応じ監督庁の定める設備、編制、その他に関する設置基準に従いこれを設置しなければならない」と定め、また「幼稚園設置基準」は幼稚園教育の水準の向上を図ることを目的とし学級の編制および施設、設備の最低基準を定めている。その中で幼稚園の位置について、第七条第一項で、「位置は幼児の教育上適切で通園の際安全な環境にこれを定めなければならない」と規定するほか他に幼稚園間の距離制限を定める法令は存在しない。

請求原因3(一)(2)記載の取扱要領は官庁内部の取扱を定めたものにすぎないが、同取扱要領によつても具体的な距離制限規定はない。

(三) 原告は新設予定幼稚園の位置が既設幼稚園から一キロメートル以上離れていなければ適正配置条項に違反すると主張するようであるが、同条項の趣旨は、右主張とは逆に、かえつて幼児の健康管理上から徒歩通園可能距離を制限しようとするものである。そこで、右要領に基づく県の取扱において、右通園可能距離を概ね五〇〇メートルと考えこれ等を考慮して各幼稚園の適正距離を一キロメートルと定めたのであつて、それはむしろ一キロメートルを越えることは幼児の通園上から好ましくないとの考えに立つているのである。

(四) この点に関し、原告は幼稚園の設置につき認可主義が採られているのは一定の教育水準を保証するためであるとし、教育内容の充実を図るには設置の適正配置により園の乱立を防止し経営基盤の確立が大前提であるから、経営基盤の安定による利益は法的利益であると結論づけている。

そしてその論拠とされるのは、公衆浴場営業者の営業上の利益に関する最判(昭和三七・一・一九第二小法廷、判決)である。

しかしながら幼稚園設置の認可による利益をもつて経営基盤の安定による利益即ち法的利益であると結論づけることには、論理の飛躍がある。原告は認可の意義を過大に評価しているのである。

まず、公衆浴場法による許可と学校教育法による認可のそれぞれの制度には次のような違いがある。

(1) 公衆浴場法第二条は、

第二項 その設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは、許可を与えないことができる。

第三項 前項の設置の場所の配置の基準については、都道府県が条例でこれを定める。

旨規定し、設置の場所の配置の適正についてはその根拠を法律で定めている。

(2) 他方、学校教育法は既述のとおり第三条において「監督庁の定める設備、編制、その他に関する設置基準に従いこれを設置しなければならない」と設置基準の主眼を学校の設備、編制に置いている。

また第四条で「学校の設置は監督官庁の認可をうけなければならない」としているが、公衆浴場法のように認可を拒絶できる場合の定めがない。

(3) また前記公衆浴場法施行条例第一条は「浴場の本屋と最も近い浴場の本屋との直線による最短距離が市部にあつては三百メートル、郡部にあつては四百メートル以上の距離がなければならない」と定めており、これを幼稚園の設置基準と対比するときその違いは明白である。

(4) 浴場につき許可主義がとられているのに対し、幼稚園の設置は認可である。

無許可公衆浴場は法により禁止されているが、無認可の幼児教育施設の設置は禁止されておらず、幼稚園の名称規制(法第八三条)があるだけである。

(5) 以上のように公衆浴場法では許可主義がとられており、更には浴場間の距離制限が極めて明確に規定されていることなどが前提となればこそ、距離制限によつて受ける既設業者の利益を法的な利益へまで高める余地があるものと思料される。

既設幼稚園について、同断に論ずることはできない。

なお、参考までに付言すれば原告の設置認可の際にも一キロメートル以内の距離内に既設幼稚園が存在していたのである。

即ち原告の設置認可(昭和四七年三月一五日)時において、原告から約五五〇メートルの距離の場所に真間山幼稚園(昭和二七年一二月三日設置認可)が存在していた。

(五) 以上から明かなように前記適正配置に関する各条項は、いずれも既存幼稚園経営者の利益を図ることを目的としたものではなく、幼稚園教育をうける幼児の保護を目的として定められたものである。

従つて既存幼稚園経営者が適正配置によつてうける利益はいわゆる反射的利益にすぎず、学校教育法上の法的に保護された利益とはいえない。

(本案に対する認否並びに主張)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実はいずれも認める。

3(一) 同3(一)(1)(2)のうち、原告主張のとおりの関係法規等の規定があることは認めるが、その解釈は争う。同(3)の事実のうち「被告は前記省令、通達、取扱要領における適正配置条項に基づき新たな幼稚園の設置については地元幼稚園協会の意見を聴く」ことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同3(二)のうち、(1)の事実は認める。ただし、三愛幼稚園設置予定地と原告幼稚園との直線距離は約七〇〇メートル、須和田幼稚園とは約六〇〇メートルである。同(2)は争う。同(3)のうち、設立代表者が予定地一キロメートル以内の幼児(三、四才児)の数を九四四名、周辺一キロメートル以内の既設幼稚園定員を七一〇名、その差に就園率八五・八パーセントを乗じた数二〇〇名をもつて対象幼児数としたこと、被告が右データをもとに四学級一六〇名の規模の幼稚園の設置を認可したことは認め、その余は争う。同(4)のうち冒頭の事実及び(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の事実は否認する。同(ヘ)のうち被告が一二月一四日付で三愛幼稚園の設立計画を承認したことは認め、その余は否認する。同(ト)のうち原告主張のとおり訴を提起したこと、本件認可処分を行なつたことは認め、その余は否認する。同(チ)は否認する。

4 同4は争う。

5 以下に述べるとおり、本件認可処分には何らの違法も存しない。

(一) 幼稚園の認可については学校教育法施行規則第一条、第三条および第七四条等に規定する外、「幼稚園設置基準」によつてその基準が定められているが、その内容は編制、施設および設備を内容とするものである。

本件新設計画は右内容を充足しており、原告も、この点について争つていない。

(二) 次に手続についても、以下に述べる承認に至る経過から明らかなように、何らの違法もない。

(1) 千葉県学事課は昭和五一年五月、訴外東文化学院設立代表予定者秋葉司から

名称   東文化学院幼稚園

位置   市川市国分一丁目九二四番地

規模   八学級三二〇名

開園時期 昭和五二年四月一日

を内容とする幼稚園を設立したい旨の協議をうけ、直ちに関係区域内の対象幼児数等を調査したところ、八学級は相当でないと判断しその旨の内意を伝えた。

(2) 昭和五二年七月に至り、同課は、市川市宮久保六丁目六番一四号市川東学院三愛幼稚園設置予定者学校法人市川東学院設立代表予定者芝田太市から規模を縮少して

名称   市川東学院三愛幼稚園

位置   市川市国分一丁目九二六番地

規模   四学級一六〇名

開園時期 昭和五三年四月一日

とする内容の幼稚園を開設したいとの協議をうけ、再度対象幼児数等を調査したところ

ア 予定地一キロメートル以内の幼児(三・四才児) 九四四名

イ 周辺一キロメートル以内の既設幼稚園定員    七一〇名

ウ 差引                     二三四名

エ 就園率八五・八%を乗じた数          二〇〇名

との結果を得た。

(3) そこで市川市教育委員会および市川市私立幼稚園協会の意見を聞いたうえ、定員を一六〇名、昭和五四年四月一日開園として認可できると判断し、昭和五二年一二月六日開催の私立学校審議会に諮問したところ同審議会から妥当であるとの答申を得た。

以上の結果被告は右芝田太市に対し本件承認の意見を表示した。

(4) ついで右芝田から昭和五四年二月一〇日市川東学院三愛幼稚園設置認可の申請がなされたので、被告は同月二〇日開催の私立学校審議会に諮問したところ、同審議会から設置認可は妥当と認める旨の答申を得た。

そこで被告県知事は、本件認可処分をしたものである。

三  本案前の抗弁に対する反論(原告)

適正配置によつて受ける既設幼稚園の経営基盤の安定という利益は単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、法的に保護された利益であるから、被告の本案前の抗弁は認められない。

1  学校教育法第四条によれば「国立学校及びこの法律によつて設置義務を負う者の設置する学校のほか、学校の設備ーーーーは監督庁の認可を受けなければならない」とされており、このように学校の設置について認可主義がとられているのは、学校教育の公共性にかんがみ、その適正を図ろうとするものである。

つまり、学校教育は、憲法第二六条に定める国民の教育を受ける権利を具体的に実現し保障するための重要な一作用を担うものであつて高度の公共性を有するものであるから、学校が、一定水準の編制、施設および設備、その他一定水準の教育条件を具備し、右の公共の要請にこたえることを保障するために認可主義がとられているものと考えられる。

2  ところで、私立学校については、私立学校法第五条第一項第一号、同第四条により、私立学校の設置認可が都道府県知事の権限に属することが定められており、この権限の行使についても、前記の趣旨の下に行われるべきは当然である。

既に述べたとおり、学校の設置認可については、学校教育の公共性の見地から学校が一定水準の編制、施設および設備、その他教育条件を具備することを保障する意味があることは勿論であるが、私立学校の場合、周辺の就学予定者数や既設の学校との位置関係を無視して、既設の学校に近接して、新たに学校の設置を認めることは、私立学校が原則的に就学者からの授業料等の自己の財源により経営されなければならないことから考えて、必然的に過当競争をまねき、ひいては教育水準の低下をまねくおそれがあり、右のような新設学校については認可をひかえることが、要求されるというべきである。

ちなみに、私立学校の経営の健全化については、私立学校法第二五条、同第二六条に規定が存する他、私立学校振興助成法が制定されており、その経営基盤の安定について特段の配慮がなされていることが着目されなければならない。

その意味で、学校の適正配置は設置認可の際の重要な一要件であると考えられる。

そして、この趣旨は幼稚園の認可について具体的には、次に述べる法令の趣旨に示されている。

けだし、前項の「法令の趣旨」で述べたとおり、学校教育法、幼稚園設置基準等の法令は、幼稚園の目的が「幼児を保護し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長すること」(学校教育法第七七条参照)という公共の福祉と密接不可分であることに鑑み、その目的達成のためには、その担い手の経営基盤が安定していることが必要であるとの見地から、幼稚園経営者を濫立による経営の不合理化から守る意図を有する規定「適正配置条項」を有している。

3  したがつて、右適正配置条項に基づき、適正な幼稚園の設置認可がなされることにより、得られる既設幼稚園設置者の経営安定の利益は単なる事実上の反射的利益にとどまらず、法によつて保護される法的利益である。

第三証拠<省略>

理由

一  本案前の抗弁について

1  いずれも成立に争いのない乙第一号証の四ないし六、同号証の九、四号証の一二によれば次のことが認められる。

(1)  学校教育法第三条は、「学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、監督庁の定める設備、編制、その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。」と規定し、学校教育法施行規則第七四条は、「幼稚園の設備、編制その他設置に関する事項は、幼稚園設置基準(昭和三十一年文部省令第三十二号)の定めるところによる。」と規定している。そして右幼稚園設置基準は、幼稚園の位置につき、第七条一項で「幼稚園の位置は、幼児の教育上適切で、通園の際安全な環境にこれを定めなければならない。」と定め、文部省事務次官通達(昭和三一年一二月二七日文初初第五四七号)「幼稚園設置基準の制定について」の4項(2)は「幼稚園を新たに認可する場合は、すでに存する幼稚園との位置その他について、幼児教育の機会均等、教育内容の充実等の見地から適切な配置となるようじゆうぶん考慮願いたい。」とされている。

また、文部省初等中等教育局長、文部省管理局長通知(昭和三九年八月七日文初初第五七九号)「幼稚園教育の振興について」において、将来を見通した幼稚園拡充整備計画の立案の指導との関連において、1の中で「(1) 地域の事情に即するように具体的な考慮を加える必要があるが、原則として人口おおむね一万人の地域に対して、一幼稚園(標準規模四学級)を配置するようにすることが望ましいこと、なお、幼稚園の位置については、幼児の発達段階や気候・地勢・交通機関などの地域の実態からみて、幼児の通園距離が適度であるようにじゆうぶんの配慮をすること。(2)幼稚園の設置にあたつては、その配置に関し、既設の公立および私立の幼稚園の設置状況等をじゆうぶん勘案すること。」などとされている。

(2)  ところで、学校教育法によれば学校の設置は監督庁の認可を要する(同法第四条)ところ、私立学校については私立学校法第五条第一項第一号、第四条第二号により設置認可が都道府県知事の権限に属することが定められており、この権限に基づく千葉県私立幼稚園設置認可取扱要領(昭和四八年四月一日決定)第三条は「幼稚園の位置は、幼稚園設置基準ーーーー第七条第一項に規定するもののほか、既設幼稚園等との距離を勘案し、適正な配置となるようにしなければならない。」とし、また千葉県総務部長は昭和四二年一月一六日総第二八号をもつて「幼稚園の適正な運営について(通知)」を県内私立幼稚園設置者宛に送付しており、その中の「5 通園バスの使用について」の項には、バス使用を認めない理由として「幼児の健康管理上、徒歩通園可能距離は年齢等によつても異なるが、おおむね五〇〇メートルと定められており、これ等を考慮し従来から各幼稚園間の適正距離を一、〇〇〇メートルと定め、その適正配置に努めているが、通園バス使用によつて園児の就園範囲が拡大されることは適正配置の趣旨にもとることとなる」とあげられている。

(3)  以上によれば、法令による具体的な規定はないものの、被告県知事が新たに私立幼稚園の設置を認可しようとする場合には、既設幼稚園との距離を一、〇〇〇メートルと定めて適正配置に努める取扱いをしているものと認められる。

2  そこで、既にのべた関係法規、通知等に基づき被告県知事が右の適正配置を行なう趣旨について検討する。

(1)  そもそも、私立学校設置の自由は、憲法上私学教育における自由に含まれるものと解されるところ(最判昭和五一年五月二一日刑集三〇巻五号六三六頁参照)、私学設置につき認可を要することとしたのは、公的助成と学校制度法制の適用とをうける私学教育が国民の教育を受ける権利の保障に任ずる公教育機関(教育基本法第六条第一項、私立学校法第一条)としての使命を適切かつ十分に果たすには設備、編制その他に関する設置基準に合致し、これを十分に充実することが必要とされ、これによつてはじめて国民からの教育の負託に応ずることができるものとされたことによるものである。

(2)  ところで、本件のような幼稚園の設置認可処分についてはどう解すべきであろうか。

幼稚園の教育は、いわゆる義務教育ではないが、近時幼稚園の教育は著しく普及し、都会地においては(本件における市川市などもこれに属する)、巷間準義務教育といわれるほど普遍化しており、しかも、小・中学校と異なり、公立の幼稚園は多くなく、私立幼稚園の果たすべき役割は大きい。

そのような私立幼稚園の設置認可処分における、前記の適正配置はどのような意味を持つと考えるべきだろうか。

(3)  幼稚園は幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする(学校教育法第七七条参照)が幼稚園に入園することのできる者は、満三歳から、小学校就学の始期に達するまで(学校教育法第八〇条)、すなわち満六歳までの幼児であり、当然のことながら、その心身の発達は著しく未熟である。

このような幼児を保育する幼稚園においては、ひときわ、園児の健康管理に重大な関心が払われるのが当然であり、園児の通園距離が適度であること(昭和三九年八月七日文部省文初初第五七九号「幼稚園教育の振興について」1の(1)なお書参照)や、通園バスの使用を認めない理由として健康管理をひいている(昭和四二年一月一六日千葉県総第二八号「幼稚園の適正な運営について(通知)」5参照)のも、まことにゆえなしとしないのである。

(4)  しかも、園児の通園距離の問題は、単に園児の健康管理のみならず、保育の効果とも密接に関連する(例えば、園児の通園距離が非常に遠いときには、通園または帰園途上で疲れ、園内における保育の効果を減じ、また、帰宅後においても園内における保育の効果について確認することを怠る結果をもたらす可能性もある)。

したがつて、園児の徒歩通園可能な距離を一般的に五〇〇メートルとして、この距離をもとにして具体的に幼稚園の適正配置を図つているのは、園児に対する健康管理、保育の効果を考慮したものとして、合理的なものといえる。

(5)  他方前記事務次官通達においては既存の幼稚園との位置その他について、幼児教育の機会均等・教育内容の充実等の見地から適切な配置となるようにし、その後の初等中等教育局長、管理局長の通知においては、幼稚園の配置に関し、既設の幼稚園の設置状況等をじゆうぶん勘案することなど指示されているが、これは前掲文言からみると、やはり、主として、幼児教育の機会均等・教育内容の充実等を図る見地、換言すれば、教育を受ける園児がいかに十分に幼稚園の保育を受け、設備、環境等からいかにその効果を十分にあげうるかの見地から検討されるべきことを示しているものといえよう。

(6)  もちろん、前述した園児の通園可能距離をもとにし、かつ、既存の幼稚園の設置をも考慮してなす、適正配置の見地からの新設幼稚園の設置許可処分が、適正・妥当に行使されるときには、既設の幼稚園にとつても園児に対し、充実した教育内容を施し、保育の効果を十分あげることになるのだから、問題は生じない。

だが、もし新設幼稚園の設置認可処分が右に述べた適正配置の見地から不適切または不当になされたときは、既設幼稚園が園児に対し充実した教育内容を施し保育の効果をあげることを害うか、いわば、園児に対し保育を施す権利を害されるかというに、このことは右認可処分によつて当然に生ずる効果であるとはいえない。

なるほど、既設幼稚園は、通園可能の距離の範囲内にいる幼児に対し、幼稚園が新設されるときに比べ、比較的容易にかつ多くを実際上自己の幼稚園に入園させる可能性があり、その園児に対し適切かつ妥当な保育をし、その保育の効果をあげることはできるといえる。が、幼稚園が新設されたからといつて(たとえ不適切または不当にされたとしても)、すでに入園している園児に対しては、その保育の効果は、害されることは、もともとないのである。ただ、既存の幼稚園にとつては、幼稚園が新設されなければ自己の園児となるはずの幼児について、幼稚園の新設によりその若干名または多数を自己の園児とすることができなくなり、その意味で、もともと自己の園児となりうる幼児に対し保育の効果をあげることができなくなるおそれはあるといえる。

しかし、最も大切なのは園児たるべき幼児の保育であり、それは、園児―現実には両親または保護者となるが―が、既存の幼稚園か、新設の幼稚園のいずれかを選択することにより、その効果を十分あげることができることに相違はないのである。

したがつて、この点からみても、右に述べた新設幼稚園の適正配置についての既存の幼稚園の園児に対して有すべき保育の観点からの利益も、いまだ法的利益があるとまで認めることはできないのである(なお、既設幼稚園経営者が実質上受けるべき経済的利益の確保の点については、次の3において述べるとおりである)。

(7)  以上詳細に述べたところから明らかなように、幼稚園設置についての距離制限などを入れての前記の適正配置の最大の趣旨は、園児たるべき幼児の健康管理および保育の効果上から徒歩通園可能距離内に幼稚園の設置などをして適正配置をすることは前述した国民の教育をうける権利にこたえるものであるとして定められたものと解すべきであつて、それ以上に私立学校設置の自由を制限して既設幼稚園の経営利益の保護を図ることを目的としたものと解すべきいわれはない。もちろん距離制限などの前記適正配置によつて既設幼稚園が実際上受ける経済的その他の利益があることは否定できないにしても、右は本来、距離制限などの前記適正配置によつて保護される利益でないことは前記のとおりであり、これは反射的利益に属すると解される。

なお、被告県知事は、本件認可処分に当たつて、幼児数などを調査したことは、その本案の主張から窺えるけれども、このような事情は、本訴における原告の訴の利益を肯定する事由となるものではない。

3  ところで、原告は距離制限などの適正配置がなされなければ既設幼稚園の経営基盤がそこなわれ教育水準の低下をまねく旨を主張し、本訴の法的利益を肯定する一事由とする。しかし、距離制限などの適正配置によつて得られる既設幼稚園の利益が、反射的利益にとどまることは前記のとおりであるのみならず、私立学校の経営の健全化については私立学校振興助成法が制定されておりその経営基盤の安定については一応の配慮がなされているうえに、周辺に数個の幼稚園が存在することは、かえつて各幼稚園に独自の教育カラーを具えて特色のある幼稚園教育を導き、教育水準が向上することも考えられる。また距離制限などの適正配置によつて、新設の幼稚園の設立を拒むことで既設幼稚園の園児募集が容易になり、そのため経営基盤が容易に安定することもありえようが、他方で距離制限などの適正配置のみを固執することは既設幼稚園の独占的な利益を安易に容認することになり、教育水準を維持する努力をもそこなわせるおそれがないでもなく、原告にこの点についての独自の法的利益を肯認することはできない。

原告の右主張はこの点からみても採用しえない。

二  よつて、原告は本件訴を提起するにつき、法律上の利益を有しないから原告適格を有せず(行政事件訴訟法第九条)、本件訴は訴訟要件を欠く不適法なものというべきであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 鈴木経夫 吉田健司)

別表一~五<省略>

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